スペインへの移住は若い世代だけでなく、リタイア後の第二の人生の場として選ぶ人も増えている。温暖な気候・豊かな食文化・比較的手頃な生活費・充実した医療インフラ——これだけの条件が揃っている国は、ヨーロッパでもそう多くない。ここではリタイア移住という観点から、スペインのビザ・日本の年金・税金・医療・生活費を整理しておく。
※ビザ要件や金額は2026年時点の情報をもとにしている。移民規則は2025年5月に大きく改正されており、細かい条件は申請先の領事館で必ず最新情報を確認してほしい。
リタイア移住向けのビザ:非営利居住ビザ(Non-lucrative Visa)
働かずにスペインに住む場合、最も一般的な選択肢が「非営利居住ビザ(Visado de residencia no lucrativa、通称Non-lucrative Visa)」だ。スペインで働かなくても生活できるだけの収入・資産があることを証明できれば申請でき、年金生活者のリタイア移住では定番のルートになっている。
デジタルノマドビザとの大きな違いは「就労禁止」という点だ。スペイン国内外を問わず仕事で収入を得る活動はできないが、日本の年金・配当・利子・家賃収入などの受け取りは問題ない。リタイア後の資産生活者には、むしろこちらのほうが合っているケースが多い。
非営利居住ビザの収入要件と必要書類
収入要件の基準になるのは、スペインの公的指標「IPREM」だ。本人はIPREMの400%、家族1人ごとにIPREMの100%が追加で必要になる。IPREMは2023年以降月額600ユーロで据え置かれており、これを当てはめると目安は次の通りだ。
| 世帯 | 月額の目安 | 年額の目安 |
|---|---|---|
| 本人のみ | 約2,400ユーロ | 約28,800ユーロ |
| 夫婦2人 | 約3,000ユーロ | 約36,000ユーロ |
ポイントは、この金額を「年金などの定期収入」だけで満たす必要はないということだ。預貯金などの資産で1年分(上の年額)を証明する方法も認められている。日本の年金だけでは月2,400ユーロに届かない人が多いので、実際には「年金+預金残高」の組み合わせで証明するのが現実的だ。
必要書類の主なものは以下の通り。
- 有効なパスポート
- 申請書(EX-01など)と証明写真
- 収入・資産の証明(年金決定通知書・年金振込の記録・銀行残高証明など)
- スペインで営業許可を受けた保険会社の民間医療保険(自己負担なし・待機期間なし・スペイン国内で全面カバーのもの)
- 無犯罪証明書(アポスティーユ+スペイン語翻訳)
- 医師の診断書(公衆衛生上の重大な疾患がないことの証明)
よくある失敗が、日本の「海外旅行保険」で申請してしまうことだ。旅行保険は要件を満たさないため、SanitasやAdeslasなどスペインの保険会社の医療保険に加入する必要がある。日本語書類はスペイン語への翻訳が必要で、申請は日本国内の住所を管轄するスペイン大使館・領事館で行う。
ビザで入国した後は、スペイン国内で外国人居住者カード(TIE)を取得し、以降は更新を重ねていく。合法的な居住が5年続けば長期居住(永住)許可の申請が可能になる。永住権の条件はスペインの永住権申請ガイドで詳しくまとめている。
日本の年金はスペインでも受け取れる
日本の国民年金・厚生年金は、スペインに住んでいても受給できる。受取口座は日本の口座のままでもいいし、手続きをすればスペインの銀行口座に直接振り込んでもらうことも可能だ。日本の口座で受け取ってユーロに送金する場合は、為替手数料の安い送金サービスを使うと差が大きい(海外送金はWiseがおすすめ)。
海外在住の年金受給者は、毎年誕生月に日本年金機構へ「現況届」を提出する必要がある。本人が生存していることを証明する書類で、在外公館(在バルセロナ・在マドリードの日本総領事館や大使館)で取得できる在留証明やサイン証明を添えて郵送するのが一般的だ。出し忘れると年金が一時差し止めになるので注意したい。年金の扱い全般はスペイン移住で日本の年金はどうなる?で詳しく解説している。
税金:日本の年金はスペインで課税される
リタイア移住で一番見落とされがちなのが税金だ。スペインに年間183日以上住むとスペインの税務居住者になり、日本の年金を含む全世界の所得がスペインで課税対象になる(税務居住者の183日ルール)。
日本とスペインの租税条約では、公的年金は原則として居住地であるスペインで課税される。日本側で源泉徴収されている場合は、「租税条約に関する届出書」を提出することで日本での課税を止められるケースがある。何もしないと日西両方で税金を払うことになりかねないので、二重課税と租税条約の記事を読んだうえで、税理士に相談しておくと安心だ。
もう一つ重要なのが、海外資産の申告(Modelo 720)だ。税務居住者になると、日本の銀行預金・証券口座・不動産などの海外資産が、区分ごとに5万ユーロを超える場合は申告義務がある。リタイア世代は日本に資産を持っている人が多いので、移住前に必ず把握しておきたい。
医療:民間保険が基本、1年後から公的医療という選択肢も
スペインの公的医療(SNS)は水準が高いが、非営利居住ビザの保持者はスペインで働いて社会保険料を納めているわけではないので、原則として公的医療の対象外だ。そのため民間医療保険が生活の前提になる。
民間保険の保険料は年齢とプランによって大きく変わる。50〜60代で一人あたり月100〜250ユーロ程度が目安だが、70歳前後からは保険料が上がり、新規加入の年齢上限を設けている保険会社もある。移住する年齢が上がるほど選択肢が減るので、早めに見積もりを取っておこう。保険会社の選び方はスペイン移住者が入るべき健康保険で解説している。
なお多くの州では、住民登録(empadronamiento)から1年以上経過すると、月額料金を払って公的医療に加入できる「convenio especial」という制度を利用できる。料金は65歳未満で月60ユーロ前後、65歳以上で月150ユーロ台が目安で、条件は州によって異なる。ただしビザの申請・更新時は民間保険の加入が求められるので、民間保険を完全にやめられるわけではない点に注意したい。
リタイア移住の生活費イメージ
バルセロナで夫婦2人が暮らす場合、生活費は月3,000〜4,000ユーロが現実的な目安だ。内訳は家賃1,500〜2,200ユーロ(エリアで大きく変わる)、食費400〜600ユーロ、交通費100〜150ユーロ、光熱費100〜200ユーロ、民間医療保険200〜400ユーロ、その他雑費といったイメージになる。
バルセロナやマドリードは近年家賃が高騰している。一方、バレンシア・セビリア・アリカンテ・マラガといった地方都市なら、同じくらいの生活水準でも夫婦で月2,000〜2,500ユーロに抑えられる。
ここで注意したいのが為替だ。1ユーロ=170円前後で計算すると、日本の年金が月25万円でも約1,470ユーロにしかならない。地方都市の生活費にも届かないので、年金だけで暮らせるケースは少なく、預貯金の取り崩しを前提に計画を立てるのが現実的だ。円安が進むほど負担が増えることも頭に入れておきたい。実際の家計の内訳はバルセロナ在住者のリアルな家計を参考にしてほしい。
リタイア移住に向いている都市は?
- バレンシア:地中海の温暖な気候で、物価はバルセロナより手頃。都市規模もちょうどよく、医療機関も充実している。
- マラガ・コスタデルソル:イギリスや北欧からのリタイア移住者が多く、英語が通じる病院やサービスが揃っている。スペイン語に不安がある人にはいちばん始めやすい。
- アリカンテ:年間を通して晴れの日が多く、海沿いの生活が楽しめる。生活費も比較的抑えられる。
- セビリア:スペインらしい文化と歴史が色濃く残る街。物価は安いが、夏の暑さ(40℃超え)は高齢者には厳しい。
- バルセロナ:都市インフラ・国際性・日本食・医療機関の充実度は随一。ただし家賃の高さと観光客の多さがネックになる。
年齢を重ねてから住む場所を選ぶなら、気候や物価だけでなく「病院へのアクセス」と「坂や階段の少なさ」も大事な基準になる。候補地は一度短期滞在して、実際に歩いてみるのがおすすめだ。
リタイア移住前に日本で確認しておくこと
- 住民票と健康保険:海外転出届を出すと国民健康保険から脱退する。スペインの民間保険との間に空白ができないようにしておく。
- 年金:受取口座と現況届の手続き、国民年金の任意加入を続けるかどうか。
- 銀行・証券口座:非居住者になると維持できない口座や、取引が制限されるネット証券がある。事前に各社に確認する。
- 税金:日本での住民税の最終年度の扱い、租税条約の届出、Modelo 720の対象資産の把握。
日本側の手続きの詳細はスペイン移住後の日本との繋がり方にまとめている。
まとめ:資金計画さえ固まれば、スペインは現実的なリタイア先
スペインへのリタイア移住は、準備さえ整えれば十分に現実的な選択肢だ。一番のハードルは非営利居住ビザの収入要件と、円安のなかでの資金計画になる。年金だけに頼らず、預貯金を含めた「何年暮らせるか」の試算を最初にしておくと、その後の判断がぶれにくい。
医療保険・税金・日本側の手続きは、移住前に専門家に相談しておくことで、移住後のトラブルをぐっと減らせる。温暖な気候の中でゆったり暮らす第二の人生を現実にするための一歩として、まずは情報収集から始めてほしい。ビザの申請や手続きに不安があれば、移民弁護士の紹介や個別相談も活用してほしい。